The 1975『Notes On A Conditional Form』

f:id:aymskw:20210128213644j:plain

 まとまりのない、アルバムだ。でもそれは、マッティなりの誠実さなのかもしれない。「お前に俺を愛する権利なんかない」。2015年、ツアー中のボストンでのギグの最中に彼は、愛してる!と叫んだ女性にそう返した。この発言は様々な形でメディアに取り上げられることになるが、のちにマッティはファンについてこのようにも語っている。

 

“I love our fans so much because in order to be a proper fan of this band, you need to really get me. You need to understand me, or give me the benefit of the doubt.”

”ファンのことはとても愛してるよ。だって、このバンドの真のファンになるには、真の理解者である必要があるから。君らは僕のことを理解する必要がある。それか、とりあえず信じてみるかね。

 

要するに彼は、ポップ・スターとして愛されても構わないけれども、それなら自分のことを全部理解してほしい―そんな面倒なエゴを抱えた男なのだ。そしてそれは同時に、安易で一面的な共感がつくるコミュニティを良しとしない、彼なりの真摯さの表れでもある。

 

 前作『A Brief Inquiry into Online Relationships』と本作は「ミュージック・フォー・カーズ」期と名付けられた時期についての二部作だそうだが、ここでも彼は、いくつものペルソナを使い分けている。

 「目を覚ませ!月曜の朝だ!あと千回しか残ってないんだぞ!」出来の悪いマリリン・マンソンのコスプレに身を包んでがなり立てる「People」。一転して、舞台はベッドルームに移る。ベースミュージック風味のガラージュ・ビートの隙間でささやくように、今も不安に苛まれる胸の内を曝してみせる。

 

Go outside?
Seems unlikely
I'm sorry that I missed your call (Missed your call)
I watched it ring (Ring)
"Don't waste their time"
I've always got a (Frail state of mind) 

外に出ろって?
無理そうだな
電話、出られなくてごめん
鳴ってるのは分かってた
”やつらの時間を無駄にするな”
いつだってこんな感じ

 

 "Oh, boy, don't cry"
I'm sorry, but I
I always get this way sometimes (Way sometimes)
Oh, I'll just leave
I'll save you time
I'm sorry 'bout my (Frail state of mind)

ああ、泣かないでよ
ごめん、僕は
いつだってこうなんだ、たぶんね
もう行くよ
君らの時間がもったいない
こんなに脆い心でごめん

 

「自分の心の脆さで他人を退屈させたくない」とまで歌われる「Frail State Of Mind」に続いて、ディズニー映画のようなストリングスとともに陽が差し始める。しかしすぐに、そこが仮想空間だと気付くだろう。フリースタイルラップならぬフリースタイル・オルタナカントリーとでも形容したくなるような、ラップとメロディの間を行き来するヴォーカリゼーション。登ってゆくルートの円環やリズムパターからも明らかにラップミュージックの影響が感じられるが、コーラスもフックもないままストーリーが語られてゆく。「シンシナティのマッティという友人」について退屈な会話を繰り広げた主人公は、結局クリーンでいるためには「(おそらくヴァーチャルの)友人たち」に依存してしまっていることを吐露する。

 

 

 「The Birthday Party」のオルタナカントリーに限らず、意図的に様々なジャンルが配置されている点が本作の大きな特徴の一つだ(そして支離滅裂さをもたらしている)。「Then Because She Goes」のシューゲイザー的なギターワーク、「Me and You Together Song」で見られる実に記号的なネオアコギターポップ、「If You're Too Shy」でのタチの悪いパロディのような80年代スタジアムロック。どれもが自虐的に思えるほどパロディチックで、ともすればU2やコールドプレイといった系譜の上にこのバンドを位置付けかねない。しかしこれは欺瞞ではなく、マッティやメンバーの自己言及的な態度や精神の分裂を表現していると同時に、誠実な自己開示—2nd『I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful yet So Unaware of It』で彼らが煌びやかなファンク・ポップの隙間にわざわざ冗長な大作アンビエントを収録したように—と受け取るべきだろう。このレコードでマッティは支離滅裂で、時に偽悪的に振る舞い、何かに依存し、時にアイデンティティを見失う、弱い自分を開示すると同時にそれらを肯定している。彼がそうであるように、あなたも多面的で、変化し続けていて、時には矛盾することもあるカオスを抱えているはずだ。気候変動問題、メンタルヘルス、グラデーションするセクシュアリティ、オンライン上での逢瀬、といったテーマを正面から扱う極めて2020年代的なレコードであると同時に、それらを抱える個人についてのパーソナルな作品でもある。

 


 本作、すなわち「ミュージック・フォー・カーズ」期と名付けられる青春時代は、メンバーへの愛と感謝を赤裸々に歌った「Guys」で締めくくられる。「特にロックミュージック界の普通の男たちは、自分の仲間をどんなに愛してるとか、もし一緒にやってなかったら今の自分たちはない、しかもつまらなくて完全に無意味だってことなんかを曲にしたがらないよね。」 過酷なワールドツアーのオフショットで構成されるMV。やがて現在に戻り、カメラを構えてこちらをじっと見つめるモノクロームの彼の姿が映し出される。ここまで内向きだった視線はここで初めてあなたに向かう。「君はどう?」22曲80分にも及ぶ痛々しい内的探索を目撃したあなたは、彼を愛さずにはいられないはずだ。